熊本加入内定の桐蔭横浜大DF岩下航、左SBへのコンバートで「サッカー人生が変わった」

[JR東日本カップ2020第94回関東大学サッカーリーグ戦1部・第14節(10月24日)/桐蔭横浜大学 1-0 慶應義塾大学]

取材・文=柿崎優成

 高校時代は決して「特別な選手」とは言えなかった。しかし、「桐蔭横浜大学に来て、サッカー人生が変わった」。そう語るDF岩下航は10月20日、ロアッソ熊本への来シーズン加入内定が発表された。大きな転機は大学入学直後にあった。

 岩下は前橋育英高校時代、攻撃的なポジションを本職としていたが、「スタメンで出たり、出られなかったり」とチームにおいて絶対的な存在感を放てていたわけではなかった。当然、プロからの声も掛からず、大学へ。すると、八城修前監督(現総監督)の慧眼により左サイドバックにコンバートされた。

 転向直後は、「プロに行くことは想像できなかった」と振り返る。1年時から出場機会をつかんだが、慣れないポジションでの守備に苦労した。安武亨監督は当時の岩下のプレーについて「幼かった」という言葉で評した。「もともとトップ下の選手なので、前に行くパワーを持っている。ただ、1、2年生の時はそれだけの選手。守備のところが良くなかった」(安武監督)

 それでも岩下が攻撃に重きを置く桐蔭横浜大において重宝されたのは、欠点を上回るだけの攻撃センスとポテンシャルを秘めていたからだった。

「彼はボールを動かす力が長けていて、ロストが少ない。視野が広く、フィードも上手い」(安武監督)。それらの特徴はサイドバックでより磨かれ、経験を重ねるにつれて守備面にも確実に成長の跡が見られた。

「もともと身体が強くサイズのある選手だったのが、経験と学年が上がるにつれて責任感が増し、ヘディングや対人プレーにも強くなった。技術があり、ゴールに絡める選手なので、良い形でサイドバックにハマってくれたと思う」(安武監督)

 やがて大学レベルでは突出した存在となり、3年生の春に行われた第33回デンソーカップチャレンジサッカー堺大会で関東A選抜チームに選出。今年は同大会が中止となってしまったが、岩下は再び関東A選抜に名を連ねていた。高校時代、埋もれかけていた才能が花開き、“替えの利かない選手”の地位を確立したのだった。

 そんな岩下のもとに熊本から獲得オファーが届いたのは9月初旬のことだ。熊本側と大学側の日程などから折り合いがつかず、練習参加はできなかったものの、岩下は加入を決意した。決め手の一つは、JFAアカデミー宇城U 15時代の先輩の存在だった。熊本にはDF酒井崇一やDF河原創とJFAアカデミー宇城U15出身選手が在籍しており、岩下もまた同組織の3期生として中学生時代に技術を磨いた過去がある。河原から掛けられた「ロアッソは良いぞ」という言葉が、岩下の決断を後押ししてくれた。

 10月24日に行われた慶應義塾大学戦では攻守で持ち味を発揮した。印象的だったのは、同じく左サイドでプレーするMF鳥海芳樹との連携から数多くのチャンスを作り出した場面だ。例として、鳥海が一対一を仕掛けた時には、岩下が空いたスペースに走り込んでダイレクトクロス。また、相手の寄せの速さを物ともせず、タッチラインギリギリでペナルティエリアに仕掛け、相手守備陣に脅威を与えていた。1-0のリードで迎えた終盤、慶應大の猛攻を受けることとなった時間帯では、空中戦の強さを発揮し、相手のパワープレーを封じてチームの後期リーグ初勝利と無失点に貢献した。

 プロの世界に行くまでに克服しなければいけない課題はまだまだある。それでもサイドバックに転向したことで、「守備の仕方が変わった」と岩下は言う。「何年かやっていくうちに、相手の位置を見て良いポジショニングができるようになったり、対人プレーで良い対応ができるようになった」

 守備的なポジションで持ち前の技術が花開き、プロの扉を開く選手は少なくない。岩下もその一人に数えられる。変化を受け入れ、成長を遂げた彼がこれからより高いレベルでチャレンジしていく姿を楽しみに見たい。