J3に放たれた“怪物”が、ストライカーとしての才能を開花させている。5月31日、清水エスパルスからSC相模原へ育成型期限付き移籍した大卒ルーキーの加藤拓己は、6月に行われたJ3リーグ5試合で4ゴールをマーク。波に乗り始めている今、「どうして移籍したのか、自分の口からちゃんと説明したかった」と今回の移籍に際した覚悟、そして清水と相模原に対する思いを語った。(6月30日取材)
写真提供=SC相模原
淳吾さんは自分を最大限に生かしてくれる人
――相模原に加入してから5試合で4ゴール(取材時点)。爆発的な活躍ですね。
「たまたまですよ。まだまだ自分の実力だとは思っていないですし、周りに生かされているだけなので、満足する理由はないです」
――でも、活躍する自信はあったのでは?
「自信は全然なかったです。だって、(昨年のケガもあり)もう1年も公式戦に出ていなかったから、今まで自分がどういうプレーをしてたかもあまり覚えてなかったし、できるかどうかも分からなかった。という中での移籍だったので、自信より不安が大きかったです」
――それでも移籍直後の北九州戦(6月4日)でデビューしました。
「正直、こんなに早く出るとは思っていなかったです。チームに合流して2日後ぐらいでスタメン組にまざって練習して、そこで初めて自分の中で気持ちを作り始めて、準備しました。J1で全然試合に出ていない選手が、J3に移籍したからといって簡単じゃないと思っていたし、実際に今も簡単じゃないです。でも、そこで信用して起用してもらえたことがすごく大きかったと思います」
――早くチームにフィットできた要因は何でしょう?
「薩川(了洋)監督は、攻撃に関してある程度『こういう形で点を取りたい』というイメージはあるものの、『オマエはこういう動きをしろ』『絶対ここに走れ』といった明確な決まりごとはありません。それは逆に言えば、攻撃陣が自由な発想で動く理由の一つだと思うし、いろいろなプレーをさせてもらっています」
――決まりごとが少ない分、コミュニケーションが大事になりますね?
「そうです。だからコミュニケーションはこの1カ月間、メチャメチャ意識してきました。ただ、自分からコミュニケーションを取るというよりも、チームメイトには(藤本)淳吾さんやタカ(船山貴之)さんなど経験豊富な人が多いので、いろいろなアドバイスをもらいながら、自分を“動かしてもらっている”という感じです」
――先輩選手からどんなことを学んでいるのですか?
「これと言って何かを挙げるのが難しいぐらい、毎日が勉強だし、ワンプレー、ワンプレーから学びを得られています。エスパルスでは外国人選手たちとも一緒にプレーする環境があって、それも学びでしたが、相模原ではまた違った刺激があります。淳吾さん、タカさんはこの前(Jリーグ通算)400試合出場を達成しました。そういったベテランの選手は、言葉では伝えづらいですが、一緒にプレーしてみると“違い”をはっきりと感じます」
――藤本選手は元エスパルスの先輩でもありますね。
「今までのサッカー人生で出会った人の中で、淳吾さんは誰よりもキックが上手く、自分を最大限に生かしてくれる人です。数十センチ単位の調整ができるから、FWの立場からするとあれだけ正確に蹴ってくれると本当に助かります。自分が決めたゴールなんて、8割ぐらいは淳吾さんのゴールみたいなもの。あとは人間性の部分も、普段はすごくラフで誰とでも別け隔てなく話をするけど、優しいだけじゃなく、厳しいところは厳しいです。『何でオマエそっちに走るの』とか『この状況なら絶対こっちの方がいい』とか、守備のタイミングなんかもよく怒られます。
でも淳吾さん自身、FW、中盤、サイドといろいろな経験があって、そのポジションのことを理解した上でのアドバイスなんですよね。何より淳吾さんは、自分自身が一番プレーで示してくれるので、本当にすごい。この先、淳吾さんほどの選手にはそうそう出会えないんじゃないかと思っています。今回、相模原への移籍という決断をするまでに相当悩んだし、不安はたくさんありましたけど、こうして名だたる選手たちと一緒にプレーさせてもらうことができて、本当に恵まれたし、すごく充実した日々を送れています」
綺麗なゴールじゃないのも自分らしい
――ここまで相模原で決めた4ゴールの中で、一番自分らしいと思うゴールはどれですか?
「全部ですね。初ゴール(今治戦/6月12日)のセットプレーに関しては、自分があまりセットプレーから点を取らないので、久々だなという感覚がありました。2点目(今治戦)は、スルーパスから最終ラインとの駆け引きという部分で自分の得意なところを出せたかなと。3点目(八戸戦/6月15日)は、シュートの部分だけが切り取られて『すごいゴール』という取り上げられ方をしているけど、自分としてはその前の動きがメチャメチャ好きで、『そこを見てくれないかなぁ』と思っています(笑)。4点目(鳥取戦/6月25日)は、やっぱり綺麗なゴールじゃないのも自分らしいと思っているし、あれはあれで自分らしくてすごく良かったなと思います」
――移籍後すぐに結果を出したことに加え、得点パターンも多彩で、Jリーグ全体での知名度も上がってきたという手応えを感じているのでは?
「もちろん点を取ることでたくさんの方が喜んでくれるのはすごくうれしいことですし、やっぱりゴールは気持ちいいものなので、正直、どこか勘違いしそうになる自分もいます。でも、そういう時に引き締めてくれる人がいるから、今は助かっています。タカさんは点を取った後でも『調子に乗るな』と毎回言ってくれるし、監督にも『オマエはここじゃなくてJ1でやらなきゃいけない選手なんだから、ここで満足したり、このレベルに染まることは絶対にあってはならない』と口酸っぱく言われます。だから自分自身も、別に特別なことをしてるつもりはないと、気を引き締めることができている。それに、プロサッカー選手としての価値を上げることの難しさは、エスパルスにいた半年間ですごく感じました。たとえサポーターの皆さんが評価してくれても、エスパルスで試合に出られなかったのは事実です。大事なのはチームメイトや監督、スタッフの信頼を得ること、そして自分自身が自分を信じられるかどうか。世間の評価は、その後に付いてくるものなんじゃないかと思っています」
――J3での経験は、J1でも通用するものだと思いますか? それとも全く別物だと捉えていますか?
「あくまで個人的な感想ですけど、J1のセンターバックは賢い選手が多いのに対して、J3のセンターバックは本当にパワフルな選手が多いように感じます。それはこの前(千葉)寛汰(清水から今治へ育成型期限付き移籍中)とも話したんですけど、当たりの強さにビックリしたよねって。だから、J1の方がレベルが高いのは当然のこととして、リーグの質が違うと考えると、J1で点を取ることとJ3で点を取ることの『難しさ』はそれほど変わらないんじゃないかと思います。そういう意味で、今J3で感じているパワフルな部分や走る部分は、自分の経験の一つとして忘れちゃいけないものだなと思っています」
――J1からJ3に移籍し、環境面などの違いはどのように感じていますか?
「それはもちろんJ1の方がいいですし、実際、『マジか』と思うこともありますよ。でも、自分は今、試合に絡めていることが何よりも幸せだし、エスパルスと相模原しか知らないですけど、それぞれ違ったクラブの色があると思います。エスパルスで言えば、やはり歴史のあるクラブで、伝統的に受け継がれてきているものがある。一方で、相模原はまだJリーグに参入して浅い分、いろいろなことにチャレンジしようとする姿勢があるなと感じます。今は、これから築かれていく歴史の礎をつくっていると思うので、自分もそこに関わっていきたいという思いを抱いています」
『もう帰れない』ぐらいの気持ちでやっている
――今後の目標として、相模原でエースの座を確立したいですか? あくまでチームの駒の一つとして徹したいと考えていますか?
「今の自分の気持ちは、後者です。やっぱりチームが勝たなければ個人も評価されないし、自分はこのクラブに救ってもらったから、腐りかけてた自分を拾って磨こうとしてくれている、その期待に応えなきゃいけないという気持ちです。ただ結局、どうやって自分がチームの力になるのかと考えたら、それは点を取ることだし、エースとしての立場を確立することなのかなとも思います」
――千葉選手は、加藤選手とJ3の得点王争いをしたいと言っていました。
「まぁ、ライバルは僕だけじゃないですからね。でも、偶然にもエスパルスに同期加入して、同じ時期に同じリーグに移籍して、という意味ではお互いにとって特別な存在なのかな。今治と対戦して先に寛汰にゴールを決められた時、あそこで冷静に決められるのはさすがだなと思ったし、試合中にも『ナイスゴール』って声を掛けたんです。ただ、自分もさすがに先輩の意地を見せないとと思って、その後、(2得点をマークして)寛汰に言い返してもらいましたよ(笑)。そういうふうに高め合える存在がいるのは自分にとって大きなことです」
――今は育成型期限付き移籍という形ですが、エスパルスのことは気にかけていますか?
「正直に言うと、今は極力、エスパルスの結果や試合映像を見ないようにしています。見てしまうと、やっぱり『あぁ、いいなぁ』と思ってしまう自分がどこかにいるから。移籍したのがちょうど監督交代のタイミングだったから、新しい(ゼ リカルド)監督のことを何も知らないんです。だから、『もしかしたら、今の監督なら試合に出られたかも……』と思ってしまう自分がいる。でも、今は相模原の選手である以上、それは思っちゃいけないから。『自分はエスパルスに戻れる』なんて甘い考えを少しでも持っていたら、自分自身何も伸びない。今は目の前の試合で勝たないといけないし、結果を出さないといけないし、シーズンが終わる時には昇格していなきゃいけない。そのための自分磨きでいっぱいいっぱいだし、今は『相模原のために』っていう気持ちしかないから、エスパルスのことを考えている余裕はないし、『もう帰れない』ぐらいの気持ちでやっています。
ただ、サポーターの皆さんに勘違いしないでほしいのは、自分はエスパルス、そして強化部の方々に感謝の気持ちしかありません。大熊(清)さん、(山﨑)光太郎さん、兵働(昭弘)さん、内藤(直樹)さん、植草(裕樹)さん、といろいろな方に何度も相談に乗ってもらいました。その中で強化部の方々は、移籍以外の案を様々考えてくれて、今の自分にベストな選択ができるようにサポートしてくれたし、最後まで自分を必要としてくれました。でも、エスパルスにいた時の自分は、本当に自信がなかった。紅白戦さえも入れない時もあったし、ピッチ上で自分に与えられる仕事に満足がいかなかった。選手が多いのは仕方ないけれど、その中で埋もれて『選手としてこのまま終わってしまう』という不安もあったし、ベクトルが自分の外に向き、腐りかけてしまっていました。
そして最終的にはワガママな自分の『移籍したい』『FWで試合に出たい』という決断を尊重してくれました。今も試合があるごとに連絡をくれたり、この前も光太郎さんが試合を観に来てくれたりして、本当に感謝しています。その恩を返していかなければいけない。自分が結果を出すことは、もちろん相模原のためにもなるし、『やっぱりエスパルスって良い選手を抱えているよね』と間接的にエスパルスの評価を高めることにつながると思っています」
――最後に、サポーターの方々へメッセージをお願いします。
「エスパルスサポーターの皆さん、リリース文にも書いたように、この決断に対していろいろな意見があるというのは分かっています。応援してくださっている方がたくさんいる中で、この決断をしたのは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも、自分自身が成長し、もっともっと大きくなって、J1で通用するようなプレーヤーになることがエスパルスの未来のためになると思っての決断です。皆さんに『この決断をして良かったね』と言われるように、相模原で結果を出すことにこだわって引き続き頑張りますので、ちょっと遠いかもしれないですけど、ぜひギオンスタジアムまで足を運んで、32番のユニフォームを買っていただけたらすごくうれしいです。お待ちしています!
サガミスタの皆さん、まだ移籍して1カ月ぐらいですけど、本当にたくさんの方々が応援してくれることが僕はうれしいですし、期待に応えなきゃいけないという責任を背負いながらプレーできることは、僕にとって大きな原動力になっています。チームの結果がなかなか出なかったり、納得のいかない日々を過ごしている方もいると思いますけど、この1カ月間でチームは少しずつ変わってきているし、このクラブがこれから先目指していくものの基盤を今、つくっているところだと思います。その中の一員として、今このエンブレムを付けて戦えている僕は幸せ者だと思っています。毎週の試合のたびに、そして今シーズンが終わる時に皆さんを笑顔にすることが僕たちの仕事だと思っているので、しっかり責任を持ってこれからも一生懸命戦います。スタジアムを満員にして、僕たちを後押ししていただけたらと思います」